鮫島 宗哉 / ⽇本コーチ協会福岡⽀部 5,6,7 期⽀部⻑
「コーチング」に興味を持っている⽅、知っている⽅、勉強している⽅、そして「コーチ」の⽅、それぞれの「コーチング論」があると思う。 “私のコーチング”について、話をさせていただきたい。
『コーチングとは』
「⽬標を達成したいとき、サポートしてくれるシステム。教えるのではなく、 「気付き」を与え、学ぶことをサポートする、会話によるコミュニケーションのこと」。狭義で⾔えばこうなる。⼤きく捉えると、コーチングは、会話を通じて、その⼈の“価値観”や“⼈⽣観”を⼤切にしながら、その⼈が⾃分らしく⽣きるための「助っ⼈的対話型コミュニケーション」である。
『コーチとは』
その相⼿をするのが「コーチ」である。その時、話し⼿(相談者)は「クライアント」という⽴場になる。
コーチは、ただひたすら、クライアントの話を聞き、質問し、承認し、元気づけ、提案やリクエストをする「最良のサポーター=応援団⻑」という役割に徹する。
クライアントとコーチの関係は同等、イーブンな関係である。教える関係の先⽣と⽣徒とか、指⽰命令による上司と部下のような関係ではない。
『コーチングの特⻑』
「コンサルティング」は、専⾨的知識などをベースに解決策を提⽰する。
「ティーチング」は、教科書やマニュアルにそって、基本的な知識や技術を迅速に無駄なく教え、⾝につけることを促す。先⽣ひとりから⽣徒多数へという形が多い。
「カウンセリング」は、1対1の形で、コーチングに近い。双⽅とも、問題解決への⽀援がテーマの会話だ。
強いて違いを述べると、コーチングは「⾏動」に、カウンセリングは、 「感情」に焦点を当てる。過去の不安な状態を整理し、トラウマや⼼配事を除き、今の気持ちに安⼼や安堵を与えるのがカウンセリング。これに対し、コーチングは未来志向。
「コーチング」は、これからどう考え、どう⾏動するか、について質問を投げかけ、気付きやアイディアを引き出し、その過程で修正されていく考えを⾒守り、認め、気持ちを共有し、⾏動へ向けてアシストする。
「問題解決」への双⽅向の対話であり、個別対応であることはカウンセリングと変わらない。気持を整え癒すカウンセリングに⽐し、クライアントは⾏動イメージを得て、やる気と元気を⾒出す。
「コーチ」という⾔葉の語源は、昔イギリスで「⾺⾞」のことを指した。 「コーチング」と⾔うと、その⼈を、そのひとの希望する⽬的地へ連れて⾏くという意味として理解される。
『コーチング3⼤スキル』
それは、運命的なコーチングと私の出会いだった。 「私の仕事は、⼈の話を聞くことです、コーチといいます。 」という⼥性が、早期退職制度で会社を辞めたばかりの私が開設したブログへ書き込みをしてこられた。 2003年5⽉、会社を早期退職して、3ヶ⽉⽬のときだ。
フリーアナウンサーとして、活動を再開しようとしていた私には、「聞くこと」はインタビューの⼀環としても⼤事なコミュニケーションスキルだと思っていたので、その「コーチ」と名乗る⼥性とメールを交わし、もっと詳しく説明を受けた。そして⼀ヶ⽉後には、私⾃⾝がプロコーチの養成講座を申し込み受講していたのだ。
そこで学んだコーチングは、⼈間関係におけるコミュニケーション技法を理論的に、体系的に、そして何よりも、実践的スキルとして有効であることを平易に説明していた。
その⼥性コーチが「⼈はみんな⾃分の中に答えを持っている、それを引き出すのがコーチング」と唱えた意味合いも、深く胸に収まった。“⼈の思いを引き出す”というプロセスにおいて、聞くこと(傾聴) 、質問すること、承認することの3つが重要な基本スキルに挙げられることがよく理解できたのだ。
プロのコーチは、この3⼤スキルをベースに、専⾨家として100以上あるといわれるコーチング・スキルを駆使し、クライアントの⽬標や希望をより確実に、より早く実現、達成するようにサポートする事でその機能を果たす。
<傾聴>
⼈は、誰もが本当は⾃分の話を聞いてもらいたい。コーチはあなたの話を⼀切否定せず100%味⽅で受け⽌めて聞く。 「ウンウンそれで︖」と、真剣に、あるいは笑顔で応じる。こう受けて⽌めてもらうと、クライアントは、安⼼して話をすることができる。会話の中で、知らず知らず⾃分の話すこと、⾃分が思っていたこと、考えていることを、⾃ら確認し、まとめ上げ、そして、答えを⾒つけていくことができてしまう。 このとき、「傾聴 (アクティブリスニング) 」という聞き⼿の⾏為がクライアントを促し引き出し、⾃らの姿勢を積極的にしていく。
<質問>
質問とは、普通相⼿からの情報収集に効果的だ。5W1Hの質問で、おおかたの出来事は概要が説明できる。ところで、コーチングの質問はそこにとどまらず、未来を想像させ、潜在的な思いを引っ張り出す。
「それが⼿に⼊ったら、何が起こるのですか︖」
「それを⼿に⼊れることは、あなたにとってどんな意味がありますか︖」
「それを⼿に⼊れることで、あなたにどんな良いことがありますか︖」
さらにコーチの思いがけない質問は効果的である。
こんな質問をしたことがある。 「もし、坂本⿓⾺が隣にいたら、どんなアドバイスをくれるでしょうか︖」
クライアントは「ウーン」と唸りながらも答えたいと思う。
さらに、 「他にはありませんか︖」と⾔われると、 「あっ、これもある、あれもある。」と埋もれていたアイディアが湧き出てくるのだ。
<承認>
そもそも、どんな⼈も⾃分のことが⼀番⼤事なのだ。その割に、⾃分⾃⾝を⼤切にしていない。そして他⼈の⽋点探しが上⼿であるのと同様、⾃分の事についてもコンプレックスを持ち、悔やみ、⾃分の良いところや強みを正⾯からは考えてみることなどない。
「私ってダメなんです。」という⾃⼰否定型の⼈たちの何と多いことか︕
コーチは、クライアントに、まず⾃分の「強み探し」を促す。
それが、コーチングの承認のスタートである。
コーチは常に、クライアントを⾒守り、良いときも悪い時もそのプロセスにおいて、クライントの努⼒に対して承認の⾔葉をかける。これによって、クライアントは⾃分の中に、湧き上がるパワーを実感する。
⼈は、他⼈に⾃分の存在を⾒てもらいたい、判っていて欲しいという願望が、意外に強い。それを認めてくれる⼈を受け⽌め、安⼼し、元気を得て、やる気を⽣み出せる。それが⾔葉だけで可能なのだ。
『 オートクライン』
聞いてくれる⼈がいて、話をしだすと、⼈は⾃分の⾔葉、⾃分の声を聞いているうち、どんどんたくさんの「気付き」がおこる。これを「オートクライン」と⾔う。
コーチが、クライアントから「気付き」を引き出す会話、これこそ、クライアントが得られる、コーチングの最⼤の効果だ。
コーチングの「答えはあなた⾃⾝の中にある」とは、まさにこのオートクラインの技なのだ。
『 コーチングの⽬標設定』
ところで、コーチングが最も機能する⽬標やテーマは、“重要だが緊急ではない事柄”の中にある。⼈⽣で、重要だが急がないいろいろなことをひとつひとつ実現して⾏くことができたら、どんなに素晴らしいだろう。⼈が、いつかそのうちにやろうと思っている「やりたいこと」こそ、コーチングにふさわしいテーマである。そんなテーマをひとつひとつ完了させていけば、⼈⽣が充実することは間違いない。⽇常⽣活にもっとワクワク感が持てるようになる。
こんな⾔い⽅もある。 「有能な消防⼠は消⽕活動をしたことがない︕」
これは逆説である。普段から、彼は“重要だが緊急ではない、⽕事を起こさないための予防の業務”をこなしているというのだ。コーチングはこれに似ている。
ところでしかし、全く似ていない点がひとつあることもある。コーチングは緊急時には、対応できないということ。 ⽕事が起きた緊急時、けが⼈や病⼈が運ばれて来た際に、 「君はどうしたいの︖」などと悠⻑な質問は無しだろう。
それともうひとつ、精神的な病気や疾患を抱える⼈に対しては、コーチングは⽤いられない。
医療⾏為は、医師の領域だからだ。それゆえ、プロのコーチは⾃分の⼈的ネットワークに精神科の医師を持っていることが理想である。
『 コーチングのパターン』
コーチングの実際はどうおこなわれるのだろうか︖代表的なパターンについて紹介しよう。「パーソナルコーチング」といわれるコーチングの会話は、コーチとクライアントの1対1の個別対応として最もポピュラーで、その効果を容易に実感できる形式で、それは多くは電話で⾏われる。週1回、30分から60分程度を原則に、クライアントからコーチに電話をかけ、定期的な会話の時間をもつのだ。コーチングの時間を定期的に⾃分の⽣活に持つことで、クライアントは、⾃分の中に気付きが⽣まれ、⾏動イメージが得られ、やる気や⾃信が⽣まれ、実⾏に移していく。それは、⾃分の⼼を、⾔葉にして話すということから⽣まれた、彼⾃⾝の本来のものが引き出されることだ。
「楽しくなけりゃ、コーチングじゃない。」 と⾔い切るコーチもいる。こうしてコーチングを進めていくうち、なりたい⾃分にどんどん変わっていく。私⾃⾝、クライアントとしての経験から⾔えることなのだが、これは結構、新鮮な驚きである。だから、私は、誰にでも、「⼀度コーチとの会話を経験してごらんよ。」と⾔っている。
『 コーチとしての資質と成⻑』
コーチングと出会い、先達のプロのコーチの⽅々や⼀緒に勉強を始めた仲間を⾒ていて感じることは、みんな「⾃分らしく」を⾝に付けて⽣きている、ということ。⾃分で⽣き⽅(⾏き⽅)を決めている。だから凛として迷いが少なそうだ。コーチングのスキルを⾃分⾃⾝に応⽤し、⾃分の強みを把握し、対処法や⽣かし⽅を学び知っているからだ。
しかしながら、彼らは、最初からコーチとしての才能を持ち、資質が優れているわけではない。コ-チとして活動し、成功モデルとして存在する⼈たちは、 「コーチ」という仕事を選び活動していくうちに、まず何よりも、⾃分⾃⾝の⾃⼰認識ができるように鍛えられてきたのだ。
⾃分がわかってくると、周りを⾒渡しながら⾃分を振り返ることが習慣になる。その時、⾃分には職場や家庭などで、⾃分を理解し応援してくれる⼈々がたくさんいることに気付き感謝できる。 ⾃分に少し、⾃信が持て、⽣活意識が向上すると、「感謝」の念が⾃然に⽣じる。
『 究極の質問=コーチングの最終⽬的』
⾃分へのプリミティブな、しかし、なかなかされることの無い質問。
「あなたの⼈⽣の⽬的は何ですか︖」
「えーっ︖」と引かないでほしい。実は、誰でも⼀度はそんな質問(課題)に真剣に答えてみたい(考えてみたい)と思っている。その答を模索するプロセスは、なかなか楽ではない。意外に苦しい。しかし、同じくらい⾯⽩い。時間をかけるほど良い。 こういう問いに、是⾮⼀度は答えようと試みてほしいと思う。そうするといつのまにか考えようとする⾃分になる。
『 コーチングの構造』
コーチは、最初に、クライアントの会話のやり取りで、クライアントの⽬標を明確にする。
最初から、⽬標を持っているクライアントもいるが、これからその⽬標を探したいという期待からコーチングがスタートすることもある。
その場合は、コーチは、クライアントの現状を、根気よく傾聴し、彼⾃⾝の持つリソース(経験や特技、その⼈だけの資源)から、彼の彼らしい部分を探す旅に出る。そうやって現状を認識し、さらに過去の成功経験を彼の⼼に蘇らせる。そして、⽬標と現実とのギャップを課題として箇条書きにしていく。
例えてみると、船が⾃分の位置を地図の中に確認し、⾏き先を定めて航海へ乗り出そうとすることに似ている。そして、その航海は、理想と現実のギャップを埋めるために、どうしたらよいかという問いに対して答えていくことなのだ。航路はいくつも⽰される。
その中から、どれを選択するか、優先順位をつけ選択する。これはまさに、彼⾃⾝の⼈⽣での価値観を⾒出すことでもある。
優先された課題への最初の⾏動を、たとえそれが蟻の⼀歩であっても、実⾏していくのだ。何をいつまでにどのようにやるのか、達成へ向けての計画をスケジュール表にして徹底的に具体化する。
コーチは、それを⼀緒に作る⼿助けをする。クライアントは、コーチの応援を背に、常にその眼差しを感じることで、モチベーションを下げることがない。コーチは、クライアントの最強の応援団⻑だ。コーチとの約束という縛りも受けて、⾏動への意思と実⾏をさらに確実なものに出来る。
それから断っておく必要があるが、この⼀連の内容とプロセスは、 “守秘義務”を伴って、コーチが無断で⼝外することは決して許されない。
『 信頼関係=ラポールの重要性』
このプロセスは、前提としての信頼関係(ラポール)が絶対条件だ。その後に続く、傾聴、質問、そして答えることをベースに、承認(アクノレッジメント)、ビジュアライズ、フィードバック、提案、要望、コミットメント、メタコミュニケーションなどなどのスキルを⽤いて、コーチはコーチングの会話を進めていく。
『 コーチングの戦略』
コーチは、クラインアントの課題やテーマを受け⽌めて、クライアントをよく観察し、その問題点の解決イメージを思い浮かべる。解決や実⾏への最短の筋道をスタートの前にいくつか想定してみる。3つ以上の⽅策を「戦略」として⽴ててみる。クライアントの⽇常⽣活のバランスを観察し、不⾜を補うのか、強みをもっと充実させるのか、タイムマネジメントの再考を促すとか、あるいは健康管理かもしれない、などと、複数の戦略を準備する。いくつかの道筋を考慮して初めて、効果的なコーチングが可能なのだ。コーチングに戦略があるかどうかが、そのコーチの⼿腕であり⼒量でもある。
『 仮のゴール、真のゴール』
ところで、 「ゴール」として出てきた最初の課題の背後に、別の隠れた意味があることが往々にしてある。たとえば、クライアント⾃⾝が⾃分では気付いていない別の「ゴール」が⾒出せることがある。これを「仮のゴール」「真のゴール」などという。
始めは“ダイエット”というテーマが、実は彼⼥に好かれたいという「真のゴール」のための達成⽬標だったりすることはよくあることだ。
『 良いコーチ』
優れたコーチは、スキル(技術)をもっているだけではなく、⾔葉と⾏動が⼀致している。彼らは、 「ラポール」という信頼関係を築くことを最重要と思っている。⼈と⼈の関係は、安⼼と信頼に基づいた、あるがままの⾃分を表現し、 受け⼊れることが出来るラポールが前提にあることを知っている。 そして良いコーチは、クライアントと共に成⻑する。クライアントもそんなコーチとの関わりの中で⾃分を⼤事にするようになる。それは、クライアントが⼈⽣をもっと⾃分⾃⾝のものに引き寄せていくプロセスなのだ。
「この世の中、夢や⽬標なんて持ったら、かえって苦しい。」と⾔う⼈がいたら、「では、テーマ探しから始めましょう。好きなこと、得意なことは何ですか︖」と「コーチング」をスタートさせることもできる。
『 最後に』
実は、コーチングの⽰す「スキル」は、われわれの⽇々のコミュニケーションの中で、無意識に出来ていることも多い。それでも、コーチングを学ぶ「意味」を⾒出すとすればそれは、そのスキルを、肝⼼なときに思い出し使うことが出来る知恵にする、ということだろう。
コーチングの考え⽅と具体的スキルとしての⼿法は、私⾃⾝の後半の⼈⽣に⼤きな価値を与えてくれた。それは⾃分⾃⾝についての⽇々の発⾒であるとともに、他者との係わり合い⽅についても新しい気付きをもたらした。それを仕事にしてコーチであり続けることは、 「あり⽅としてのコーチ」を問われることである。
それは⼤変幸せなことであるとともに⼤きな責任があることも感じている。コーチングは、その⼈に気付きを⽣むプロセスだといえる。
「知らない」から「知っている」への学びは沢⼭の気付きを得るだろう。さらに「知っている」を「している」という実践、実⾏への道筋は、⽇々の⾏動への決意を引き出す。さらに「している」を「しつづけている」にするには決意の裏づけの価値観が重要になる。さらにそれを「習慣」として定着できたとき⼈は「新しい⼈⽣」を歩みだしたといえるのだろう。それが組織の場合に「習慣」は「企業⾵⼟」を作っていくことが可能なのだ。
コミュニケーションスキルの上達は、練習することから始まる。まさに、「知っている」を「している」という⼀歩からがスタートだ。⾃分の⼈⽣は、⾃分の納得いく⽣き⽅で送りたい。仕向けられる、させられる、のではなく、「私がする︕」のだ。それは同時に、「○○しなければばならない。」、「●●すべきだ。」から脱却する思考、⾏動の促しであるのだ。 そんな「⼈⽣のビジョン」を⾒出すことと、それへ向かって⾏動への道筋を⽰し、発⾒させてくれるコミュニケーションがコーチングだ。
(2013年夏改訂)